大判例

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名古屋高等裁判所 平成元年(ネ)132号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金二〇二五万八二四二円及びこれに対する昭和六三年四月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じ、これを五分し、その四を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

三  この判決は第一項1につき仮に執行することができる。

事実

第一控訴人の求めた裁判

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  訂正

原判決三枚目表九行目、同四枚目表三行目及び同裏三行目に「自動車損害賠償補償法」とあるを「自動車損害賠償保障法」と、同五枚目表初行の「借り受けた」を「借り受けたもの」と各改める。

2  控訴人の主張

松本泰広は窪正明が運転していた加害車(本件自動車)の運行供用者であつて、自賠法三条の「他人」に該当しない。

本件自動車は泰広の父松本善治が所有占有していたが、本件事故の約六時間半ほど前に泰広が善治に頼んで窪に貸与してもらつたものであるところ、その使用目的は泰広及び窪が両名の上司である斉藤昇と高岡市内で会うのに使用したいというものであつた。即ち善治は、泰広から同人及び窪の共同の運行利益のために本件自動車を貸与してほしいと依頼された。もし、泰広の運行利益がなく、窪のみの利益のためであるならば、貸与しなかつたであろうことは、従前の本件自動車の利用状況から推認できる。そして、本件事故はその斉藤と会つた帰途の泰広同乗中の事故であり、泰広は、本件自動車の運行を支配管理すべき立場にあり、かつ運行目的も窪と共通であつたことからして、泰広は自賠法三条にいう「自已のために自動車を運行の用に供する者」であるということができる。泰広は、窪が善治から借用した本件自動車の単なる便乗的同乗者ではない。

泰広が若年であるとか、運転免許を有していないとか、更には運転に従事していなかつた等の事情は、運行供用者と認めることに何ら妨げとなるものではない。

結局、本件事故当時の本件自動車の運行供用者は、松本善治、窪正明、泰広の三名であり、共同運行供用者のうちの一名が被害者となつた事案である。そして、運行支配の程度は、窪と泰広は同等、善治と泰広では泰広が同乗者であつて善治よりも強く運行を支配管理すべき立場にあつたから、泰広の方が運行支配の程度は大である。

3  被控訴人の主張

争う。

本件自動車は、窪が直接善治に頼んで貸与してもらつたものであり、泰広が善治に頼んだ事実はない。

泰広を共同運行供用者とみるとしても、泰広の本件自動車の運行に対する支配は、原判決が認定するように、窪もしくは善治に比して、直接的、顕在的、具体的であると認めることはできない。泰広は、本件自動車の単なる同乗者としての立場を出るものではなく、自賠法三条の「他人」と認めることができるものである。

第三証拠

証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の書証目録各記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  本件事故の発生(原判決請求原因1)、自賠責保険の締結(同4)、及び被控訴人が泰広の母であることは、当事者間に争いがない。

二  本件事故に関し泰広は自賠法三条の「他人」に当たるか

1  証拠(甲第二、一一ないし一六号証、原審証人松本善治、原審被控訴人本人)によれば、次の事実が認められる。

本件自動車は、漁業を営む善治が漁船への送迎用に購入し、みずから維持費を負担し、専らその用に使用し、鍵も自分で保管していた。

善治の長男泰広(昭和四四年九月六日生)は、窪(昭和四一年一一月一日生)と中学からの友人で、昭和六二年四月に泰広が窪の紹介で同人も勤務する三井メタリツク株式会社に就職してからは、特に仲良くしていた。

泰広は、当時一七歳で普通自動車免許取得資格がなく、単車で通勤していたが故障したため、窪が会社から借りてきた軽四輪に泰広を乗せ送迎していた。その後窪は、泰広の通勤の便もあつて、同年五月上旬頃より同人方に泊り込むようになり、窪が善治所有の本件自動車を善治よりその都度借りて、窪が運転し、泰広が同乗するという形で通勧するようになつた。また同月一〇日の日曜日には泰広が富山市内に映画を見に行くためといつて本件自動車を善治から借受け、窪が運転し泰広が同乗して富山市内まで行つたことがあつた。

このようにして、本件事故の前日まで、善治は窪に合計四回程本件自動車を貸した。

同年五月一九日も窪、泰広は善治から借りた本件自動車で出勤した。そして窪、泰広、上司の斉藤の三名はこれまで共に飲食した仲間であつたところ、退社時に、泰広の発案で今夜三名で飲みに行こうということになり、窪と泰広は同日午後六時三〇分頃一旦泰広方に帰宅し夕食をとつた後、泰広が善治に対し「斉藤と高岡で会うことになつているが足がないので窪に車を貸してやつてほしい」と頼んだ。善治は窪を呼んで理由を聞き、「若し酒を飲んだら必ず代行運転を使つて帰つて来るように」と注意をした。窪はその旨約束したので、善治は本件自動車を貸与した。

そこで、窪が運転し泰広が助手席に同乗して泰広方を出発し、同日午後七時三〇分頃氷見市内の斉藤の内妻菅田方に至り、同所で斉藤とともに飲酒した後、本件自動車に斉藤が同乗し窪が運転し、同日午後八時過ぎから翌二〇日午前一時頃にかけて三人で同市内や高岡市内の飲食店で飲酒した。

そして、三名はようやく帰宅する段になつたが、窪は代行運転を頼む所持金がなかつたため、やむなく飲酒運転することとし、まず斉藤を送るため氷見市内に向かつて走行中、疲れのため居眠りを始め、二〇日午前一時三五分頃時速約一〇〇キロメートルで暴走した本件自動車を国道左側のガードレールに激突させ、助手席で眠つていた泰広及び後部座席の斉藤を死亡させた。

2  右認定の事実によると、善治は本件自動車の所有者且つ保管者であつて、自己の意思で貸与しており、本件事故当時の運行が善治のためのものであることを否定する特段の事情も認められないから、善治が本件自動車の運行供用者であることに疑問はない。窪は運転者であり、また泰広とともに、上司と飲食するという自己の利益のために所有者から借受け乗車運転した者であるから、窪には運行利益と運行支配があつた。よつて窪も運行供用者であつた。泰広は、友人窪や上司斉藤と飲食するため同乗した者であるから、運行利益があり、また、父の所有車であり且つ助手席にいたから、窪に対し運行補助をすることは可能であつたというべく、泰広にも運行支配があつたといわざるを得ない。この場合、泰広が若年であるとか免許を有しないとか、或いは現実に運転補助をしなかつたことは右認定に影響はない。

以上を要約すると、本件は善治が同乗していない運行供用者、窪と泰広が同乗していた運行供用者であり、同乗していた運行供用者が被害者となつた事案といえる。

3  そこで、同乗中の運行供用者が被害者となつた場合、他の運行供用者に対し、自賠法三条の賠償を求めうるか、同乗中の運行供用者(被害者)は他の運行供用者との関係で「他人」といえるかという運行供用者間の内部関係につき判断するに、この場合、被害共同運行供用者の具体的運行に対する支配の程度・態様が直接的・顕在的・具体的であるのに対し、他の共同運行供用者のそれが間接的・潜在的・抽象的であるときは、前者は後者に対し、自賠法三条の「他人」であることを主張して損害賠償を求めることはできないものの、被害共同運行供用者の具体的運行に対する支配の程度・態様が間接的・潜在的・抽象的であるときはできると解するのが相当である。

4  そこで、泰広の本件具体的運行に対する支配の程度・態様がどのようなものであつたかにつき検討するに、

一般に、非同乗者は所有者であつても、具体的運行に対しての支配はいきおい間接的・潜在的・抽象的にならざるを得ない。本件で善治が、本件自動車の運行経路を例えば電話等で追跡確認し、逐次指揮命令をすることが可能なら格別、一般的にはそのようなことは期待できないから、善治の本件運行に対する支配は、間接的・潜在的・抽象的であつたといわざるを得ない。一方、泰広のそれは、助手席からの支配であり、非同乗者に比べて直接的・具体的ではあるが、窪が年長者で中学の先輩、且つ日常送迎の世話を受けているなどの関係で、窪に対し命令的には発言し難い状況にあつたことも否定できない。またこのような力関係のほか、深夜となり、代行運転を依頼する手持ち金もなく、飲酒運転のほかに方法がなかつた状況では(現実には泰広は眠つていたのであるが)、仮に泰広が窪に対し具体的な運行指示例えば「車を運転するな」とか「眠るな」「スピードを落とせ」とか指示したところで、果たして窪はその指示を聞き入れてくれたかどうか甚だ疑問であり、結局当時としては、窪は泰広の運行指示に服さなかつたであろう特段の事惰があつたともいえる。したがつて泰広の本件運行支配も窪を介してのものであり、間接的・潜在的・抽象的と評価せざるを得ない。本件自動車を直接的・顕在的・具体的に支配し、事故を抑止すべき立場にあつたのは、まさに窪であった。

すると、被害者泰広は、本件事故につき共同運行供用者内部で自賠法三条の「他人」であることを主張できると解するのが相当である。

泰広が直接的・顕在的・具体的な支配をしており、「他人」ではないとの控訴人の主張は採用できない。なるほど、泰広は同夜飲みに行く提案をしているが、これまでも三名で何回か飲みに行つており、新規の提案ではなく、また同夜氷見市内から高岡市内へ回つたのは泰広発案のようでもあるが、当時は三名とも何処か二軒目の店を探していたのであつて、帰ろうとしている窪らを泰広が更に誘ったという関係とは認められない(甲第一三号証)から、泰広の本件運行支配が強度であつたことにはならない。更に、窪は泰広の通勤のための送迎をしていたが、みずからも下宿と自動車通勤の利益を得ていたのであつて、いわば相互依存関係にあり、また運行の主体は会社通勤のためであつて、常時窪が泰広方の雇われ運転手であつたとはいえない。

三  保険会社に対する請求権

前認定のとおり、泰広は内部関係において自賠法三条の「他人」にあたり、運行供用者である窪に対し、同条に基づく損害賠償請求権を取得したというべきである。そして、前認定のとおり善治も本件運行については、運行利益、運行支配を有していたほか、共同運行供用者窪の本件運行に原因を与え、飲酒することを知りながら代行運転を約束させるだけで安易に自動車を貸与していることを総合すると、善治も窪と連帯して自賠法三条の責任を負うべきであると解するのが相当である。

すると、本件責任保険を締結したのは善治であり窪ではないが、善治に他の共同運行供用者との連帯責任がある以上、泰広は、善治の締結した責任保険金(限度)の請求権を取得するに至ると解するのが相当である。

四  損害額について

当裁判所は後記認定の限度で相当と認める。その理由は次に付加訂正するほかは、原判決理由三、四記載(原判決七枚目表三行目から八枚目表九行目まで)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  訂正

原判決八枚目表四行目の「自動車損害賠償補償法」を「自動車損害賠償保障と、同表五行目の「限度である金二五〇〇万円」を「の限度内である二〇二五万八二四二円」と各改める。

2  過失相殺

前認定によると、泰広は窪が善治と約束をした代行運転を依頼せず、飲酒運転をするのを容認し、みずから同車に同乗し、且つ助手席にいたのに眠つてしまつたが、これは重大な過失というべきである。よつて、泰広の右過失を二割と認め、過失相殺すると、損害賠償額は二〇二五万八二四二円となる。

五  よつて、原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上孝一 井垣敏生 田中敦)

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